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東京地方裁判所 平成8年(ワ)17807号 判決 1998年12月18日

主文

一  本訴原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  本訴被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを二分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余は本訴被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴

本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、一二〇二万八八〇〇円及びこれに対する平成七年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は、被告に対し、二〇万円及びこれに対する平成八年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件本訴事件は、原告が、被告との間で土地賃貸借契約を締結したところ、右土地賃貸借契約は合意による更新がされ又は借地法四条の更新請求による更新がされた旨主張し、被告に対し、更新料を支払う旨の特約(本件更新特約)に基づき、土地の時価の二割の範囲内である更新料一二〇二万八八〇〇円及びこれに対する期間満了の日の翌日である平成七年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

本件反訴事件は、被告が、更新料として既に支払った二〇万円について、原告には保有する権限がない旨主張し、原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、二〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年一〇月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠等を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)

1  乙山冬彦(以下「冬彦」という。)は、別紙物件目録<略>の土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。

2  冬彦は、被告との間で、昭和五〇年六月一日、本件土地について、冬彦を賃貸人、被告を賃借人とする、次の内容などによる賃貸借契約を締結し(以下「本件土地賃貸借契約」という。)、東京法務局所属公証人は、同年八月六日、本件土地賃貸借契約について、公正証書を作成した(甲一、弁論の全趣旨)。

(一) 目的 建物所有

(二) 期間 昭和五〇年六月一日から二〇年間

(三) 賃料 一か月三万五三三五円

(四) 特約 本契約期間満了のとき賃借人において更新契約を希望するときは賃貸地の時価の二割の範囲内の更新料を賃貸人に支払い更新契約をなすべきことを当事者間において予約した(第七条弐、以下「本件更新特約」という。)。

3  冬彦は、昭和六〇年八月一九日、死亡し、原告は、相続によって、本件土地の所有権及び本件土地賃貸借契約上の賃貸人の地位を取得した(弁論の全趣旨)。

4  被告は、原告に対し、平成七年七月七日、更新料として二〇万円を支払い、原告は、右金員を更新料の内金として受領した。

二  争点

1  本件土地賃貸借契約の更新に際し、被告に本件更新特約に基づく更新料の支払義務があるか否か。

(原告の主張-本訴請求原因)

(一) 合意更新による更新料の支払義務

(1) 原告(担当者である丙野花子(以下「丙野」という。)及び丁度良夫(以下「丁度」という。))は、被告との間で、平成七年五月九日、本件土地賃貸借契約について、次のとおり合意した。

ア 本件土地賃貸借契約を合意によって更新する。

イ 賃料は一か月一九万二一八五円とする。

ウ 更新料の額については話合いを継続する。

(2) 被告は、原告に対し、同年七月七日、更新料として二〇万円を支払い、原告は、右金員を更新料の内金として受領した。

(3) 本件土地賃貸借契約には、被告は、原告に対し、本件土地の時価の二割の範囲内の更新料を支払う旨の本件更新特約がある。

(4) 以上のとおり、原告と被告は、本件土地賃貸借契約を合意更新したのであるから、被告は、原告に対し、本件更新特約に基づき、更新料の支払義務を負う。

(二) 借地法四条の更新による更新料の支払義務

(1)ア 被告は、原告に対し、平成七年五月三〇日、本件土地賃貸借契約について、契約の更新を請求した。

イ 本件土地上には、建物が存在する。

(2) 本件土地賃貸借契約には、被告は、原告に対し、本件土地の時価の二割の範囲内の更新料を支払う旨の本件更新特約がある。

(3) 本件土地賃貸借契約が法定更新されたとしても、被告は、原告に対し、本件更新特約に基づき、更新料の支払義務を負う。

(被告の主張)

(一) 合意更新による更新料の支払義務

(1) 丙野及び丁度と被告は、平成七年五月九日、話合いを行ったが、話合いの内容は、専ら更新料の金額の問題であって、本件土地賃貸借契約を更新する旨合意をしたことはない。

(2) したがって、被告には合意更新による更新料の支払義務はない。

(二) 借地法四条の更新による更新料の支払義務

(1) 原告の主張(二)(1)の事実は認める。

(2)ア 本件更新特約は合意更新の場合に適用され、法定更新の場合には適用されないことは、その文言から明らかである。

イ したがって、被告には更新料の支払義務はない。

(3)ア 仮に本件更新特約が法定更新の場合にも適用されるのであれば、本件更新特約は借地法に違反し、無効である。

イ したがって、被告には更新料の支払義務はない。

2  被告に更新料の支払義務があるとして、その更新料の額。

(原告の主張-本訴請求原因)

(一) 本件更新特約は、「賃貸地の時価の二割の範囲内の更新料」と定めているが、二〇年後の更新料の額を明記することは不可能であって、二〇年後における社会、経済情勢などを総合的に考慮した相当額の更新料という趣旨である。

(二) 原告は、被告に対し、更新料として本件土地の時価の五パーセント程度に相当する一二〇二万八八〇〇円の支払を求める。

(被告の主張)

被告の主張は、争点1の被告の主張のとおりであって、被告には更新料の支払義務はない。

3  本件において、原告は不当利得返還債務を負うか否か。

(被告の主張-反訴請求原因)

(一) 被告は原告に対し、平成七年七月七日、本件土地賃貸借契約の更新料として二〇万円を支払った。

(二) 原告は、右金員を更新料の内金として受領した。

(三) 被告は、原告に対し、同月一〇日ころ、右金員は更新料の全額である旨通知した。

(四) 被告は、原告に対し、更新料の全額として受領することを条件として二〇万円を支払ったのであって、原告と被告との間で、更新料の額について合意は成立していない。

(五) したがって、原告は、被告に対し、二〇万円の不当利得返還債務を負う。

(原告の主張)

(一) 被告の主張(一)ないし(三)の事実は認める。

(二) 争点1についての原告の主張と同旨。

(三) 被告が二〇万円の返還を求めることは、信義則に反し許されない(反訴抗弁)。

(四) したがって、原告には、二〇万円の不当利得返還債務はない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(更新料の支払義務)について

1  合意による更新による更新料の支払義務について

(一) 原告は、前記摘示したとおり、原告の担当者である丙野及び丁度は、被告との間で、平成七年五月九日、本件土地賃貸借契約を更新する、などと合意した旨主張し、証人丙野の証言中には、「被告が希望しているので本件土地の賃貸借は継続し、更新料については話合いを持ち越すと私(丙野のこと。)は被告に話しています。」などと証言する部分がある。

(二) 他方、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、被告に対し、平成七年三月一六日、ア 本件土地賃貸借契約の期間は、同年五月三一日に満了する、イ 更新条件など相談したいので、来社されたい、などと記載した書面を送付した。

(2) 被告は、同年五月九日、有限会社乙山コーポレーション(以下「乙山コーポレーション」という。)を訪れ、原告の担当者である丙野及び丁度との間で、本件土地賃貸借契約の更新について、話合いを行った。その際、原告は、被告に対し、更新料の額として一二〇八万八八〇〇円を提示し、これに対し、被告は、ア 被告の考えている更新料(賃料の一か月分くらい)と金額の開きがあり話にならない、イ 借地権を買い取ってほしい、などと述べ、話合いはまとまらなかった。

(3) 被告は、原告に対し、同月三〇日、書面で、本件土地賃貸借契約について、契約の更新を請求した。

(4) 原告と被告との間で、同年以降、本件土地賃貸借契約を合意更新する旨を記載した書面は作成されていない。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) そこで、検討すると、右(二)で認定した事実によれば、(1) 丙野及び丁度と被告との間で、平成七年五月九日、本件土地賃貸借契約の更新について話合いが行われたが、結局、更新料など更新条件について話合いはまとまらなかったこと、(2) 原告と被告との間で、本件土地賃貸借契約を合意更新する旨を記載した書面は作成されていないこと、などを認めることができ、右認定事実に照らすと、右(一)の証人丙野の証言はあいまいであって採用することができないといわざるを得ない。そして、本件において、他に原告の右主張(原告と被告との間で本件土地賃貸借契約を合意によって更新した事実)を認めるに足りる証拠はない。

(四) そうすると、本件土地賃貸借契約を合意によって更新したことを前提とする原告の主張は、その余について判断するまでもなく、理由がない。

2  借地法四条の更新による更新料の支払義務について

(一) 前記争いのない事実等、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)ア 被告は、原告に対し、平成七年五月三〇日、本件土地賃貸借契約について、契約の更新を請求した。

イ 本件土地上には、建物が存在する。

(2) 本件土地賃貸借契約には、本契約期間満了のとき賃借人において更新契約を希望するときは賃貸地の時価の二割の範囲内の更新料を賃貸人に支払い更新契約をなすべきことを当事者間において予約した、との本件更新特約がある。

(3) 冬彦は、被告との間で、昭和三六年ころ、本件土地について、冬彦を賃貸人、被告を賃借人とする、次の内容などによる賃貸借契約を締結し、東京法務局所属公証人は、同年八月一九日、右土地賃貸借契約について、公正証書を作成した(乙九)。

ア 目的 建物所有

イ 期間 昭和二一年六月一日から昭和五〇年五月三一日まで

ウ 賃料 一か月四〇〇〇円

エ 特約 本契約期間満了のとき賃借人において更新契約を希望するときは賃貸地の時価の二割の範囲内の更新料を賃貸人に支払い更新契約をなすべきことを当事者間において予約した(第三条)。

(4) 冬彦の不動産管理会社と被告は、昭和五〇年六月一八日、次の内容などによる覚書を作成した(乙一一)。

ア 本件土地の賃貸借契約期間満了したので、被告の請求によって、建物所有を目的とする期間二〇年の賃貸借契約を締結する。

イ 被告は、冬彦に対し、更新承諾料一三〇万円を支払う。

(5) 被告は、冬彦に対し、右同日、更新承諾料として一三〇万円を支払った。

(6) 冬彦と被告は、同年八月六日、本件土地賃貸借契約について、公正証書の作成を嘱託し、東京法務局所属公証人は、同日、公正証書を作成した(甲一)。

(7) 被告は、平成七年五月九日、乙山コーポレーションを訪れ、原告の担当者である丙野及び丁度との間で、本件土地賃貸借契約の更新について、話合いを行った。その際、原告は、被告に対し、更新料の額として一二〇八万八八〇〇円を提示し、これに対し、被告は、ア 被告の考えている更新料(賃料の一か月分くらい)と金額の開きがあり話にならない、イ 借地権を買い取ってほしい、などと述べ、話合いはまとまらなかった。

(8)ア 被告は、原告に対し、平成七年七月七日、本件土地賃貸借契約の更新料として二〇万円を送金して支払った。

イ 原告は、右金員を更新料の内金として受領した。

ウ 被告は、原告に対し、同月一〇日ころ、右金員は更新料の全額である旨通知した。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 土地賃貸借契約の更新に際し、更新料の支払がされる事例が多いことは、当裁判所に顕著であるが、本件全証拠によるも、本件土地の所在する東京都内において、土地賃貸借契約の更新に際し、更新料の支払が慣習に基づいて行われている事実を認めるに足りない。

(三) 右(一)で認定した事実によれば、本件土地賃貸借契約は借地法四条による更新がされたと認められるところ、本件において、被告に本件更新特約に基づく更新料の支払義務があるか否かについて検討する。

右(一)で認定したとおり、本件更新特約は、「本契約期間満了のとき賃借人において更新契約を希望するときは賃貸地の時価の二割の範囲内の更新料を賃貸人に支払い更新契約をなすべきことを当事者間において予約した」というものであって、「更新契約」という合意による更新を前提とする文言や「賃貸地の時価の二割の範囲内の更新料」という当事者間の協議を前提とする文言が用いられていることなどを勘案して判断すると、合意による更新を前提とする特約であると解することが相当である。そして、右(一)で認定した事実によれば、(1) 冬彦は、被告との間で、昭和三六年ころ、本件土地について、本件更新特約と同旨の特約などを内容とする賃貸借契約を締結し、東京法務局所属公証人は、同年八月一九日、右土地賃貸借契約について、公正証書を作成したこと、(2) 冬彦の不動産管理会社と被告は、昭和五〇年六月一八日、ア 本件土地について期間二〇年の賃貸借契約を締結する、イ 被告は、冬彦に対し、更新承諾料一三〇万円を支払う、などの内容による覚書を作成したこと、(3) 被告は、冬彦に対し、昭和五〇年六月一八日、更新承諾料として一三〇万円を支払ったこと、(4) 冬彦と被告は、同年八月六日、本件土地賃貸借契約について、公正証書の作成を嘱託し、東京法務局所属公証人は、同日、公正証書を作成したこと、(5) 被告は、原告に対し、平成七年七月七日、本件土地賃貸借契約の更新料として二〇万円を送金して支払ったこと、などを認めることができるが、右(二)で説示した点などに照らすと、右認定した事実によっても、本件更新特約が合意による更新だけでなく借地法四条又は六条による更新についても適用されることが当事者の合理的な意思であったと推認するに足りない。また、合意による更新の場合と借地法四条又は六条による更新の場合とでは、借地法による効果などにおいて異なるところがあるから、右のように解することによって、賃貸人に一方的に不利になるということはできない。

そうすると、本件更新特約は合意による更新を前提とする特約であると解することが相当である。

(四) 以上のとおり、本件更新特約が借地法四条の更新について適用されることを前提とする原告の主張は、その余について判断するまでもなく、理由がない。

3  小括

被告に本件更新特約に基づく更新料の支払義務があると認めることはできないから、原告の本訴請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。

二  争点3(不当利得返還債務の存否)について

1  被告は、原告に対し、平成七年七月七日、本件土地賃貸借契約の更新料として二〇万円を送金して支払ったことは、当事者間に争いがない。また、前記一で説示したとおり、本件において、被告に本件更新特約に基づく更新料の支払義務があると認めることはできない。

2  しかしながら、前記一で認定した事実経過に、本件諸般の事情を勘案して判断すると、被告が、原告に対し、更新料として支払った二〇万円の返還を求めることは、信義則に反し、許されないといわざるを得ない。

3  そうすると、被告の反訴請求は、理由がない。

第四  結論

以上のとおりであって、原告の本訴請求及び被告の反訴請求は、いずれも理由がない。よって、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)物権目録<略>

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